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ちょっと本を作っています

ちょっと本を作っています

第九章 チビクロ、チビコゲへ変身中

第九章 チビクロ、チビコゲへ変身中




隣り合わせの大都会

最近、仕事で銀座のクラブへ出掛けることが多くなった。

銀座にル・ジャルダンという高級クラブがある。

そこの明美ママの本を、私の関係する出版社から出そうとしているのだ。

緑がいっぱいの佐倉の山里の家とネオン瞬く銀座のクラブでは、天と地。

大都会とアマゾンの密林くらいの違いがある。そのギャップがまた楽しい。

この仕事、満更でもないのだが、また仕事と遊びをごっちゃにしてしまった。


佐倉まで、私を訪ねてきた印刷会社のスタッフが、チビクロの写真を撮ってくれた。

さっそく、銀座のクラブまで持っていった。

「わー、可愛い」。

ホステスの女の子たちが次々と発する、期待通りの賛辞に、目じりが下がる。

「ね、可愛いだろ」なんて悦に入っていたのだが、どうも親馬鹿が過ぎるみたいだ。

そういえば以前、同僚が、ペットにしている子犬の写真を持ってきたことがあった。

「可愛いね」とは言ったものの、いい年をしてと、その同僚が軽薄に見えたことがあったのだ。

やべー、これじゃオレも、変わり映えしない。

とは言うものの、いまだに写真を持ち歩いている。

それにも増して、写真を撮ってくれた印刷会社のスタッフに、

「また来て、チビクロの写真を撮ってよ」

と頼む体たらくだ。

今まで、イヌは飼ったことが何回かあるけれど、ネコを飼ったことはない。

「東京へ行ったら、ネコと女の子には注意するんだよ」

進学のために関西から上京する私に、母親が言った言葉だ。

わがままで、自分勝手で、甘え上手で、でも目を離せない何かを生まれつき持っているなんて。

お前はエライよ、ホント。


仕事にかこつけて銀座へ飲みに行くものだから、ル・ジャルダンの女の子たちの名刺が20枚を超えた。

大島さんって面白いマネージャーのオジサンもいる。

いつのまにか仕事の話はそっちのけで、盛り上がる。

そういえば、このお店、高いんだろうなー。

今日も、バランタインの30年モノを、ゴチになってしまった。普通だと10万円程度じゃ済まない。

房総のチベット、コンタの小母さんちだと、1500円程度のアジの干物をお土産に持っていく。

そうすると、黙っていてもドンと焼酎が出てくる。

小母さんや、小母さんの親戚の小父さん相手に、半日は盛り上がるんだが、どちらも捨てがたい。

あーあ、明美ママの本を出版する件、また仕事を忘れて、趣味とボランティアをやってしまいそうだ。

それにしても、佐倉の鬱蒼とした里山とネオン眩しい銀座の夜。

クルマで40分もかからない所に、これほど違った世界が存在するなんて、大発見だ。



ちょっぴり大人になったチビクロ

「お前、クロじゃなくてこげ茶なんじゃない。チビクロじゃなくてチビコゲだな」

子猫のときは真っ黒だったチビクロに、茶色の縞模様が付いてきた。

離れて見ると黒猫。

今も、膝の上で、私がいつも首から下げている携帯電話にじゃれついている。

よく見ると少し赤みがかったこげ茶色の縞模様が浮き出してきた。

からだも一回り大きくなり、体重は倍になったんじゃないだろうか。

最初はやせ細って尖がった小悪魔みたいな顔をしていた。

今では、丸みを帯びて、幾分かは穏やかな表情を見せるようになってきた。

鳴き声もミューミューからミャアーミャアーに変わってきた。


今日も散歩に出掛けたのだが、雨がぱらつきだした。

コースを短縮して、早めに切り上げてきた。

チビクロ、遊び足りないらしい。

切り株で仕立てたイスがまだそれほど濡れていない。

ちょっと一服しているのだが、チビクロは膝から降りようとしない。

膝から肩へと這い上がり私の首のところを一周してはまた膝のところへと降りてくる。

何度か肩へ這い登った後は、ときどきアクビをしながらも、両手で携帯電話を抱きかかえて舐めている。

そのうち、私の腕の中でからだを丸めて目をつぶってしまった。

また少し雨がぱらつき始めたが、起こすのは可愛そうだ。

前かがみになってチビクロに雨粒がかからないようにしてやる。

のどの奥で、絶え間なくグルーグルーと音をさせながら、頭を私の腕に載せ、気持ちよさそうだ。

ときどきフワっと目を半開きにするのだが、何かを見ているようでもない。

「クケキョ、クケキョ」

うぐいすがすぐ近くで鳴いている。

最近はホーホケキョと鳴かない。季節によって鳴き方が違うみたいだ。

アジサイの花が小雨を浴びて、ひときわ青く輝いている。

私がじっとしているものだから、ヒヨドリやスズメがすぐ近くまで寄ってきて追いかけっこをしている。

遠くでヤマバトが「ククッコー、ククッコー」とのどかな鳴き声を聞かせてくれている。

寒くなってきた。

いつまで寝ているつもりなんだよ。チビクロ早く目を覚ませ。

お願いだよ。オレ、風邪引くよ。                  



息子に叱られた

3ヶ月ほど前、

「お父さん。まさかそんな格好で街ん中、歩いているんじゃないだろうね」

久しぶりに会った息子に詰問されてしまった。

知人のところへ竹の子を届けようと東京へクルマを乗りつけた。

そんなときに、偶然、息子からの電話が架かってきたのだ。

「別に用事もないけど、コーヒーでも飲むか……」

と、待ち合わせた喫茶店の前の路上での第一声がこれだ。

長靴だけは履き替えてきたのだが、いつもこざっぱりと身支度を整えている息子とは、ほんの少し? 違う。

ちょっと泥も付いている。

季節も変わり、そういえばいつも同じものを着ているので、みすぼらしくなってきた。

息子に言われるまでもなく、これじゃ、ホームレスと変わらない。


着替えを持ってきて欲しいと女房に頼んだら、4、5日して電話が架かってきた。

会社に持ってきておいたという。

クルマで取りに行ったのだが、大き目の手提げ袋、一つだけ。

「これだけ?」と聞くと、「これしかないわよ」との答え。そうだよな。

下着はともかく、スーツもワイシャツさえも、ここ十年ほど買った覚えがない。

それも遥か以前、買い物が嫌いだから、女房にさんざん小言を言われて、しぶしぶ付いていく有様だった。

女房とお目付け役の息子に、「これがいいんじゃない」「こっちのほうがいいよ」と選んでもらって、

着せ替え人形の役目を果たしているうちに、買い物と言う難行苦行が終わっていた。

でもそれさえも、遥か昔のことだ。とっくの昔に女房も、そして息子も、諦めてしまっていた。


チビクロがじゃれつく。

泥だらけ。洗濯しても落ちやしない。

でもまあ、佐倉の裏山で遊んでいる分には、清潔ならば見栄えはどうでもいい。

出かけるときだけ一張羅のスーツを着ていくことにした。

「おい、よせよ」

チビクロが飛びついてきた。また肩まで這い登ろうという魂胆だ。

ビリビリなんて音はしなかったのだけれど、後で見てみると、小さなかぎ裂きが一杯出来ている。

「お前、切り裂きジャックか」

これじゃ人前に出られないぞ。


『ユニクロ』って安いところがあると聞いて行ってみた。

なるほど、いろいろあるし、安そうだ。でもオレのサイズはどれだろう。

店員に計ってもらうか聞きさえすればいいのだろうが、やっぱり面倒だ。

やーめた。

隣が酒の安売り屋のようだから、ここまで来たついでだ。

服の替わりに焼酎でも買って帰ろう。



ブランド品を着て、野良仕事

帰ってからその話をしていたら、

「ボクが着ていた服が高石さんに合うんじゃないか」と、トンちゃんが言い出した。

彼は太ってしまったものだから着れないという。

次々と持ち出してきたが、ジバンシーだのクリスチャンディオールだの高級ブランド品ばかりだ。

これは20万円くらい、これは30万円以上したなと、さすが元お金持ち、庶民とはケタが違う。

少々ダブダブだが、もともとそんなことを気にする私ではない。有難く頂いてしまった。

そのうち、「夏物も必要なんじゃない?」と聞いてきた。

「助かるよ。お願い」と答えると、

「ところで、電気代払ってないもんだから、明日までに払わないと停められてしまいそうなんだ」

「2万円ほど何とかならないかな……」

これって、得をしたのだろうか、損をしたのだろうか。

でもこれでまた、4、5年は買い物をしなくてすみそうだ。

そうそう、トンちゃん、これもと持ってきた服がある。

すっぽりと足首まで覆われる中国服だ。これはいい。

そのうちこの中国服を着て、頭はスキンヘッドにして、銀座の明美ママの店に行ってやろう。

「ニイハオ」なんてね。

チビクロにも見せてやりたいけど、止めておこう。

またかぎ裂きを作られるのがオチだ。


第十章 隠れビーチで日向ぼっこにつづく


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